いきなり復活した事情は前の日記参照。
ここでは中二病(笑)とか青春(笑)と言った恥ずかしさを気にしないで書きたい。今の自分の記録として。
僕は人間関係は信頼が全てだと思っている。いや、最近揺らいでるけど。
例えば子供が親と話すときや行動するとき、子供が期待した反応や行動が帰ってくると言う信頼、あるいは叱られるとしても導かれた方向が正しいと信じられる原体験があれば、親子関係は良好な繋がりを得られるはず。
例えば友達と飲んでいるとき、ちょっと言いにくい悩みがあったとして、それを馬鹿にしないとか周囲に広めないとか、そういう信頼があれば楽に楽しく話せるハズ。信頼がなければ当たり障りのない話しかできない。
極端に言うと、悩みや愚痴を周囲にぶちまけているとき、して欲しい反応や掛けて欲しい言葉なんてものは既に決まっている。
例えば恋人がいたとして、信頼があれば遠距離でも・・・と思ったのだが、それは少し違うんではないかと思ったり思わなかったり。だいたい合ってる、けど少し違うような。んー、なってみないと分からん。
世の中を一筋の式で理解できないことをハッキリ認識しているあたり、オトナになってきたかなぁと思うが、僕自身はあまり歓迎していない。複雑でも良いから明快な解を持っていなければ、狭い社会を持つ広い世界の隙間で迷ってしまうよ。
だからこそ、信頼を超えた何かを期待できる相手を少数、親友とか配偶者という人を人は必要とするのだろう。3人寄れば文殊の知恵でもあるし。そこに垣間見える信頼を超えた何かというのが、多分映画や小説の題材として感動に当たるところ。
それでもって信頼を作り上げるのにはそれなりの時間と労力が必要だ。維持するのも大変。自然に振る舞えるのが理想だけれど、時として相手の要求が何なのか、推察して行動する必要が出てくることも少なくない。ところが、破壊は時として一回で、一瞬で行われる。
でも、破壊を恐れては信頼を超えた何かは得られないような気がするんだ。そういう一歩を踏み出せるかどうかが、鍵なんだと思う。今の自分にとって。
- ------------------------- P.S. やっぱテキストに書き出すと心がまっすぐになる。